俺の家の周りは30年代のダイナーから日本の雑誌でも紹介されているレストランなどが軒を連ね、日中は観光客の往来で賑わう場所である。また骨董店やポップな家具などが店を連ね通称・骨董通りと呼ばれている。観光案内人に連なって散策する団体に出合うと俺は参加者の振りをし案内人の説明に耳を傾ける。
この辺りの古いビルの歴史について意外なことを無料で知ることができる。
家の斜め向かいには9・11で先陣した多くの消防員達が亡くなった消防署がある。毎日けたたましいサイレンの音と共に出動する消防車だが、休憩時間の消防士達がキャッチボールをする風景は俺にとっても安らぎの一時である。
午前5時の暗い時間から営業するダイナーはいつもこの界隈の住人たち、工場で働く工員たち、タクシーの運転手たち、消防士たちの馴染み客達で混雑している。郵便配達人には無償でコーヒーをサービスする人情ある下町の風景だ。
しかし、ビルに住む住人達は様々で何者が住んでいるのか皆目わからない。
ニューヨーカーはプライベートの厳守に徹底し、自分の家のインテリアには気を使うが、一歩外にでると道路にゴミが落ちていても気にしない。これを自由と勘違いしているヤカラも多いのではないだろうか。日本人とはモラル感が異なると思う。
という俺も歩き煙草の吸殻を罪悪感をもたないで道路へポイしている・・汗。
画材屋からの帰り道、ダイナーの角を曲がれば俺の住むビルが見えてくる。
人通りはあるが到って長閑な通りで、消防士達が本日も楽しそうにキャッチボールをしていた。
パン!!
聞きなれない音だな・・と感じながら家まで数メートル手前を歩いていると、黒いセダン車が猛スピードで走り去った。
見ると2軒隣のビルの入り口付近に男が倒れている。俺はいつものようにホームレスが寝ていると思った。倒れている男は何気に高級な洋服を着ている。最近のホームレスはネクタイまでして高級志向だな・・フーン。
通り過ぎて、後ろを振り向くと消防士達は相変わらずキャッチボールをしたり日光浴を楽しんでいた。
すると、いきなりパトカーがサイレンを鳴らしながら走ってきた。パトカーは2台3台と増え、救急車も到着。続いて大手テレビ局々の車もやってきた!!
一体、どうしちゃったの?
自分達の目の前で事件が起きたらしい。事件に気づいた消防士たちは慌てて消防車を出動させる準備を始めているようだ。そしてテレビ局の見慣れたアンカーたちがカメラに向かって熱い報道を始めた。
新聞のトップタイトルは下町の殺人事件。
あのビルの最上階には有名な美人モデルが住んでいて、殺し屋が彼女の男を待ち伏せしたらしい。男が外に出てきたところを車の中からピストルで狙い撃ちしたと記事にある。殺された男は名の知れた大金持ちでマフィアのボスだった。
ネクタイをしたホームレス。と感じたのは俺だが、汚い格好だとまず誰もがホームレスと考えるだろう。俺にも流れ弾が当る危険性があったわけで、汚いジーパン姿でバックパックの俺がたとえ撃たれたとしても、浮浪者の如く放置されることは必然である。
よって倒れるときはネクタイが必須!と肝に銘じたのである。